神戸地方裁判所 昭和45年(わ)250号 判決 1982年5月19日
本籍
神奈川県平塚市河内二〇一番地
住居
兵庫県西宮市甲子園四番町一番二五号
医師
小川登
大正一〇年六月九日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は検察官藤田壽一出席のうえ審理して次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役一年六月及び罰金三、〇〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、大阪市港区市岡一丁目二七番二五号において小川病院を経営するかたわら、同市天王寺区清水谷町一五番地ほか一箇所においてモータープールを、大阪府三島郡三島町(現在摂津市)味舌下一二三番地においてアパートを経営している者であるが、自己の所得税を免れようと企て、収入金額の一部を除外して無記名の割引債券を取得するなどのほか、右モータープール及びアパートの経営者を自己でなく自己から賃借した親族三名(妻の母、兄、妹)であると仮装して所轄税務署長に対し右親族らの名で内容虚偽の所得税の確定申告書を提出する等の方法で所得を秘匿したうえ、
第一、昭和四一年一月一日から同年一二月三一日までの実際の総所得金額が金七、七四九万四、五七一円で、これに対する所得税額が金四、七六〇万九、三〇〇円であるにもかかわらず、昭和四二年三月一五日、兵庫県西宮市の所轄西宮税務署において、同税務署長に対し、総所得金額が金六四一万九、一六九円で、これに対する所得税額が金一〇八万九、一〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により昭和四一年分の正規の所得税額四、七六〇万九、三〇〇円と申告税額との差額四、六一七万四、二〇〇円を免れ、
第二、昭和四二年一月一日から同年一二月三一日までの実際の総所得金額が金八、〇九二万二、九二六円で、これに対する所得税額が金四、九九〇万九、六〇〇円であるにもかかわらず、昭和四三年三月一四日、右西宮税務署において、同税務署長に対し、総所得金額が金七三一万六、四七六円で、これに対する所得税額が金一二八万一、三〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により昭和四二年分の正規の所得税額四、九九〇万九、六〇〇円と申告税額との差額四、八二七万六、七〇〇円を免れ、
第三、昭和四三年一月一日から同年一二月三一日までの実際の総所得金額が金一億一、三三七万五、六二九円で、これに対する所得税額が金七、三五四万七、二〇〇円であるにもかかわらず、昭和四四年三月一五日、右西宮税務署において、同税務署長に対し、総所得金額が金一、二九七万〇、〇六三円で、これに対する所得税額が金三五五万九、五〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により昭和四三年分の正規の所得税額七、三五四万七、二〇〇円と申告税額との差額六、九五七万三、〇〇〇円を免れ
たものである。
(証拠の標目)
一、被告人の当公判廷における供述
一、第一回公判調書中の被告人の供述記載部分
一、被告人の検察官に対する各供述調書
一、被告人の大蔵事務官に対する各質問てん末書及び各上申書
一、被告人作成の昭和四五年三月九日付上申書
一、被告人作成の昭和五六年三月一〇日付陳述書
一、証人中川光男、同上林政造、同島津豊明、同岡本アツ子の当公判廷における各供述
一、第五回公判調書中の証人佐藤圭徳、同岡本アツ子の各供述記載部分
一、第六回及び第九回各公判調書中の証人岡本アツ子の各供述記載部分
一、第二四回、第三六回、第三七回、第三八回及び第三九回各公判調書中の証人水野良博の各供述記載部分
一、第三一回及び第三三回各公判調書中の証人島津豊明の各供述記載部分
一、第四〇回公判調書中の証人大槻勝の供述記載部分
一、第四一回公判調書中の証人野町恒雄の供述記載部分
一、福井義彦(二通)、江口隆、久保田信孝、笠井選、寺西範年、大波多順還、島津豊明、飯田保、畠中建夫、野口博、吉田健太郎、山本偉多兵、丸岡俊行、松井静郎、上林政道、小川泰子、堀口仁司、山本幹雄岡本アツ子(四通)の検察官に対する各供述調書
一、福井義彦(三通)、藤本栄子、水島康子、柴田映子、八木田正夫、小沢和恵、諏訪正美、江口隆、河合山治、横田峻、宇都宮惇、久保田信孝、池田吉子、大波多順造、島津豊明、島津静子、島津文子、清水磨須子、飯田保、畠中建夫、野口博、吉田健太郎、山本偉多兵、宮脇四郎、堀口仁司(二通)、山本幹雄、吉田健、今井一治、若月宏児、筒井徹、亀谷寿夫の大蔵事務官に対する各質問てん末書
一、中尾正太郎、田中陽、村田弘行、中本毅、菊池英彰、成田亘啓、佐野貞彦、中田耕太、中村平、横田峻、小泉正、柴田映子、武田博士、今村正之、猿丸誠三、吉良勝正、岡本馨、黒岩延男、今井義純の大蔵事務官に対する各供述調書
一、大蔵事務官作成の告発書
一、大蔵事務官作成の各脱税額計算書
一、大蔵事務官作成の各「脱税額計算書説明資料」、「脱税額計算書説明資料別表」及び「脱税額計算書ならびに説明資料の訂正」と題する各書面
一、大蔵事務官作成の各所得税確定申告書謄本
一、国税査察官作成の各調査書
一、国税査察官作成の各国税調査書
一、国税査察官及び大蔵事務官各作成の各調査報告書
一、国税査察官作成の写真撮影報告書
一、大阪国税不服審判所京都支所副審判官作成の「岡本アツ子の確認書とカルテの照合表」と題する書面
一、検察官作成の各調査報告書
一、検察官作成の各電話聴取書
一、検察事務官作成の各調査報告書
一、野口博、林和雄、西野政直、飯田保、金安清、水田幸一、山田治、水島康子、福井義彦、岡本アツ子(昭和四四年一二月三日付)、宮脇四郎、中沢規次、鶴田直彦(二通)、十河和、秋宏、須具謙三、松村啓吾作成の各確認書
一、関西薬品株式会社、大商薬品株式会社、同仁医薬株式会社大阪支店、北陸製薬大阪販売株式会社、三田製薬株式会社大阪営業所、株式会社大阪ミドリ十字、明快薬品株式会社、大阪診療薬品株式会社、杏林薬品株式会社大阪支店、古賀快生堂薬品株式会社作成の各回答書
一、株式会社大和銀行川口支店、株式会社三和銀行桜川支店(二通)、株式会社住友銀行川口支店、神戸銀行甲子園支店、株式会社住友銀行道頓堀支店、富士銀行四ツ橋支店、協和銀行難波支店、株式会社富士銀行上六支店(二通)、株式会社三和銀行築港支店、福徳相互銀行境川支店、株式会社協和銀行市岡支店作成の捜査照会に対する各回答書
一、株式会社大和銀行桜川支店、同新町支店、同野田支店、同本店営業部作成の各普通預金元帳写し
一、岡本アツ子作成の確認書一四二綴
一、押収してある昭和四一、四二年分原泉徴収簿二綴(昭和四六年押第三八号の1、2)、仮証一枚(同号の3)、昭和四三年分賃金台帳兼所得源泉徴収簿一綴(同号の4)、出勤簿一綴(同号の5)、昭和四一年分労災保険収入明細書一綴(同号の6)、昭和四一年分ほか当座口振込通知書等一綴(同号の7)、昭和四二年分労災売掛金入金明細メモ一枚(同号の8)、労災請求控ノート三冊(同号の9ないし11)、昭和四三年分労災健保請求控ノート一冊(同号の12)、昭和四二、四三年分当座口振込通知書等一綴(同号の13)、及びカルテ一六一綴(同号の14)
(法令の適用)
被告人の判示各所為はいずれも昭和五六年法律第五四号(脱税に係る罰則の整備等を図るための国税関係法律の一部を改正する法律)附則第五条により同法による改正前の所得税法第二三八条第一項に該当するので、所定刑中懲役刑と罰金刑を併科することとし、罰金刑についてはいずれも情状により所得税法第二三八条第二項を適用して各罰金を五〇〇万円をこえその免れた所得税の額に相当する金額以下とすることとし、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法第四七条本文、第一〇条により犯情の最も重い判示第三の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法第四八条第二項により判示各罪所定の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一年六月及び罰金三、〇〇〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは同法第一八条により金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、情状により同法第二五条第一項を適用してこの裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。なお、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文により全部被告人に負担させる。
(本件の最大の争点に対する判断)
検察官は、被告人の病院で使用する医薬品は看護婦長岡本アツ子らが関西薬品株式会社等の薬品会社から仕入れており(昭和四一年金一、一五七万〇、五九一円、昭和四二年金二、〇六三万七、七九〇円、昭和四三年金三、一五八万五、八三五円)、これ以外に医薬品仕入れの事実は認められないとするのに対し、被告人及び弁護人は、領収証等のある正規の薬品販売業者からの仕入れ以外に被告人がいわゆるブローカーから直接に現金で購入した医薬品が各年とも多額にのぼっており、最終的には診療収入の二七・八九%をいわゆる薬価率とし、医薬品仕入金額を昭和四一年金三、九八八万八、〇〇〇円(金二、五八四万三、四九四円増)、昭和四二年金四、六一〇万七、〇〇〇円(金二、一一〇万二、二四五円増)、昭和四三年金六、三七六万五、〇〇〇円(金二、七一一万七、五二三円増)として所得計算すべきである旨主張する。
この点に関して、被告人の大阪国税局による査察段階からの供述がブローカーの住所、氏名、連絡方法等を欠き、具体性に乏しく、その作成にかかる上申書にはでたらめや虚偽の薬品名や数量が記載されていること、昭和四四年一二月に国税査察官が実施した薬品在庫調査では正規のルートから仕入れた薬品以外のものはほとんど見当らなかったこと、小川病院勤務の医師もブローカーからの仕入れの事実をよく知らず、出入りしていた正規の医薬品業者の社員も被告人が大量の薬品をブローカーから仕入れていたような形跡は見聞していない旨供述していること、国税査察官の調査した範囲では大量に簿外仕入れをできるほどの資金的な余裕は甚だ乏しかったこと等、検察官が有利に援用する事実はおおむねその提出にかかる証拠により一応裏付けられており、検察官が被告人の主張を虚偽として排斥したことも一応理解できないわけではない(徴税実務上は被告人の主張は多分認められないであろう)。
しかし、他方、関係証拠によれば、長年被告人の病院で看護婦長を務める岡本アツ子は被告人からしばしば直接医薬品を受取ったことがある旨述べていること、被告人の病院のカルテにも正規のルートからは仕入れられていない薬品名が一部記載されていること(検察官は全部添付品である旨主張するが、いまだこれを断定するにたりない)、被告人は昭和四四年五月に査察を受けてから後はブローカーが来なくなったと述べており、在庫調査は査察の直後にはなされず、ずっと遅れたこと(なお、被告人の病院では薬品の仕入れについても帳簿等は作成されていなかった)、被告人が検察官からカルテの仮還付を受けて昭和四三年分のカルテの一部五、〇四二件について病院の事務長等に調査させたところによると、基準薬価で計算して薬価率が三四・三八%という数字が出た由であること(ちなみに、右カルテの調査に手間どったことが本件訴訟が長期化する最大の原因となった)、本件査察後正常な記帳を行うようになった被告人の病院の昭和四五、四六年の薬価率がいずれも二〇%をこえていること、被告人の病院は他と比較して外国人船員の患者を扱う比率が高く、その場合船会社等で治療費を負担するため高価な治療になりやすく、薬価率が若干高くなる要素があること、被告人は、日頃医薬品をできるだけ安く仕入れることに意欲的で、当時ある業者には基準薬価の平均五五%程度で納入させていたばかりでなく、さらに基準薬価の二五ないし三〇%までの値引きや添付品の提供を要求するなど、相当安価に仕入れていたこと等が認められる。これらの事情に照らすとき、被告人主張のようなブローカーからの仕入れがなかったとまで断定するには疑問が残らざるを得ず(資金源についても昭和四一年期首の財産につき把握漏れがあったのではないかとする弁護人の疑問を氷解させるには至っていない)、刑事訴訟としては、検察官の主張にそう十分な立証がなされたとまではいまだいいがたい。
したがって、「疑わしきは被告人の利益に」との刑事裁判の鉄則により医薬品の仕入金額を検察官の主張する正規の薬品業者からの仕入分以上に認めざるを得ないところ、いわゆる薬価率(診療収入に占める使用薬品代金の比率)は病院の経営形態、診療科目、治療方針等によって異なり、一定したものではないが、当時大阪国税局が査察を行った数件の被告人の病院と同種の救急医療病院の場合一〇%前後から一五%程度にとどまっていること(被告人は、京都の大和病院の場合約三三%であったと聞いた旨供述するが、その詳細も明らかでなく、にわかに採用できない)、ブローカーからの仕入分を含めれば被告人の病院の当時の薬品仕入価格はさらに低くなると推定されること及び前記のような被告人の病院の特殊条件等に徴し、昭和四一年、四二年、四三年の各年について実際の使用薬品の仕入額はいずれも診療収入の一五%と推計するのが相当である。そうすると別表のとおり昭和四一年金二、一四五万二、八七七円、昭和四二年金二、四八〇万一、八五四円、昭和四三年金三、四二九万八、九四〇円となり、これに基づいて事業所得を減じ、税額を計算すると(右以外はすべて検察官主張の数字を採用する)、別紙税額計算書のとおりとなる。
もし弁護人の主張するように薬価率二七・八九%を採るとすれば、昭和四一年は正規の業者からの仕入分の三倍以上、昭和四二年は二倍以上、昭和四三年は約二倍となるが、明らかに当時の状況に符合せず、到底採用できない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 安井正弘)
各年の医薬品仕入額
<省略>
昭和41年分税額計算書
<省略>
(注)外書はみなす申告税額
昭和42年分税額計算書
<省略>
(注)外書はみなす申告税額
昭和43年分税額計算書
<省略>
(注)外書はみなす所得税額